大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大津地方裁判所 平成5年(わ)274号 判決 1994年4月06日

本籍

滋賀県東浅井郡虎姫町大字大寺七一七番地

住居

右 同

不動産取引業

加賀井俊一

昭和一五年四月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井嶋眞一郎出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金八〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、滋賀県長浜市神照町九七二-三において、「加賀商事」の名称で不動産取引業を、「加賀井事務所」の名称で行政書士業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、不動産の売却益を除外し、架空の外注工賃を計上する等の方法により、所得を秘匿した上、平成三年分の分離課税事業所得金額は六億五四九三万六一八二円、右分離課税事業所得以外の総所得金額は九七一八万三〇四九円であった(別紙修正損益計算書参照)にもかかわらず、平成四年三月一二日、同市高田町九番三号所在の長浜税務署において、同税務署長に対し、平成三年分の総所得金額は一四六九万二八〇〇円で、これに対する所得税額が二九六万二八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、平成三年分の正規の所得税額四億三六三八万五一〇〇円と右申告税額との差額四億三三四二万二三〇〇円(別紙脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目) かっこ内は検察官請求の証拠番号を示す

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の大蔵事務官に対する平成四年一一月六日付、同月一三日付、同月二六日付(二通)、同年一二月二一日付、平成五年一月二六日付(二通)、同月二七日付(二通)、同年三月三日付(二通)、同月五日付(二通)、同月九日付(二通)各質問てん末書(乙一ないし九、一一ないし一六)

一  中川茂夫、中川幸男、小幡作之進の検察官に対する各供述調書(甲二三、二七、三四)

一  徳田政義(三通)、野田知彦(五通)、三田村郁枝(六通)の大蔵事務官に対する各質問てん末書(甲二八ないし三〇、三九ないし四九)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書一五通(甲五ないし一九)

(法令の適用)

罰条 所得税法二三八条一項

刑種の選択 懲役刑と罰金刑の併科を選択

罰金額の選択 同法二三八条二項

(免れた税額に相当する金額以下とする。)

労役場留置 罰金刑につき 刑法一八条

刑の執行猶予 懲役刑につき 同法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、ほ脱額は四億以上、ほ脱率は約九九パーセントに及ぶ巨額の脱税事件であり、その事案の内容は、不動産業を営んでいた被告人が、地主から買い集めた土地をマンション業者に転売し、巨額の利益を得たにもかかわらず、地主と転売先との間であたかも直接取引が成立したかのような外形を作出し、右土地売買にかかる売却益のすべてを除外して申告していたというものである。その所得隠しの手口は前記マンション業者の取締役から具体的に教えられたのであるが、その経緯はそもそも被告人が売買価格の圧縮を申し入れ、右取締役がこれを断った代わりに他の方法として教えたというものであり、当初から被告人には所得を正直に申告するつもりがなかったことが窺われる。しかもこの他にも被告人は不動産ブローカーに依頼して架空の領収証を書かせ、これを用いて架空の経費を計上するなどの脱税工作も講じていたのであり、正直な納税者を愚弄する行為と言わざるを得ない。また、犯行の動機は、将来の事業拡大に向けて資金を留保して置きたいというに過ぎず、何ら同情に値しない。

弁護人は、被告人が地主が負担すべき所得税を納税していたことから、実質的なほ脱率は低いと主張するが、被告人が地主の所得税を申告したのは脱税手段の一環に過ぎず、既に税務当局から過剰に納税した分は還付を受けていることなども考慮すると、この点をもって酌量すべき事情とは考えられない。

以上によれば、被告人の刑事責任は大というべきであって、自由刑について実刑の選択も十分考慮に値するところである。しかしながら、前記土地取引にかかわる不正行為は単発的なものであって、脱税額が巨額になった背景には当時のいわゆるバブル経済の影響も認められること、思わぬ巨利に目がくらみ、前記マンション業者の取締役の教示から犯意を誘発されたことは否定できないこと、発覚後は、深く反省し、捜査にも進んで協力していること、借財を負ってまで本税、延滞税、重加算税等をすべて納税していること、本件の判決後、行政書士等の資格を喪失することが見込まれ、場合によっては行政書士業の廃業も検討せざるを得ないこと、また地域社会から非難されるなど一定の社会的制裁を受けていることなど被告人に有利な事情を総合すると、自由刑については今回限り刑の執行を猶予することを相当と認めた。

その上で本件に現れたすべての事情を考慮の上、主文のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 坪井祐子)

修正損益計算書 No.1

<省略>

修正損益計算書 No.2

<省略>

修正損益計算書 No.3

<省略>

脱税額計算書

<省略>

脱税額計算書 No.2

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例